新年三日目、今朝も8時に起きると女房は洗濯物を回していた。
小生はお餅をオーブンレンジで焼く。焼き上がるまで昨日と同様に汁と煮物に火を入れる。
餅が焼き上がり汁の中へ入れる。女房に声をかけるともう少しで干し終わるから先に食べててと言うので、今朝はビールを松前漬けと甘エビの塩辛をツマミに先に始めた。
ビールを飲みながら箱根駅伝を見る。女房が洗濯物を干し終わり雑煮を持ってテーブルに着く。
女房が食べ終わり、お雑煮は食べる?、まだいいの?と聞くので、それじゃそろそろ食べようかなぁと小生。女房が食べ終わったお椀にお雑煮をよそってきてくれた。
お雑煮を食べ終わり、小生はお茶を飲みながら箱根駅伝を引き続き見ている。
10時過ぎに女房が買い物に行くと言うが、今日は留守番して居るよ。と小生は箱根駅伝をソファーに座りテレビ観戦を決め込む。
昼過ぎに小腹がすいて来たので甘酒を造り、干し芋をオーブンレンジで焼いて食べながら相変わらず箱根駅伝を見る。
12時半過ぎに女房が帰って来き。
ソファに座りテレビを見ている小生を見て、まだ見てるの?と呆れる。
青学の四連覇を確認してから今年撮った孫と孫娘の写真をパソコンからコピー機で印刷した。そんな事をして居ると玄関のチャイムが鳴る。
出てみると郵便局だった、荷物が届いてます。と言って干し芋と書いてある箱を渡され、伝票にはんこを押す。
送り主を見ると日立でお世話になったスナックのママさんからだった。
日立に赴任した時は寮生活だったが、ある時寮を縮小すると言うことで小生が居た寮が他の寮に合併する事になり、小生達は四人住まいの一軒家借り上げ寮になった。
それを期に小生はアパートに引っ越した。アパートなので自炊になり、最初は早く帰れれば自炊をして居たが、急に出張になったりするとご飯やおかずがそのまま処分する事になり、時には鍋の中で腐ってしまう事があり、段々外食が多くなっていった。
スナックは大抵は居酒屋等で飲んだ後二次会で行くところだと思うが、馴染みにして居るスナックで色々な話しをして居るうちに、外食ではお金が掛かるだろうとママさん(おばあちゃん)に言われ、それじゃ日立にいる時はうちに来な、何か作って置くからとママさんに言われ、仕事が終わると早くても、スナックに行って晩飯を食べる様になった。
ママさんが家で煮物や和え物サラダ等、家庭料理を作って来て混ぜご飯やお赤飯、蕎麦、うどん、餅等、準備してくれた。勿論食べながら晩飯で日本酒を飲んだりする。日本酒も小生用に別にして置いてくれた。
一人で普通に飲む時は大抵二千円くらいで、一杯だけ飲んで帰る時などは後でいいと言って取らなかった。⚪️⚪️さんはお客さんを沢山連れて来てくれるからそれで十分なのよ。と言ってくれた。
スナックなのに小生の好きな刺身を用意してくれたり、カウンターに日本酒の一升瓶をドーンと置いて好きなだけ飲めばいいと言ったり、何かと色々永い間世話になった。ママさんがもう年だからと言って辞めてからも、出張から帰って来てお土産を持って家に行ったり、何処かの店で飲む時もママさんがいつも後で食べて!と言って手料理を持参してくれた。そして小生がいつも咳をして居るからと漢方の咳止め薬も持って来てくれた。
会社を辞めてからは、お世話になったお礼として毎年鮎を送って居るが、ママさんからは茨城の名産とか相変わらず咳止め薬も送って頂いたりして居る。
あの時からいつも自分の事のように気に掛けてくれる事がとても嬉しく思う。
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