里帰りと言って居るが本当の実家では無い。実家の様な永い付き合いの常宿なのだ。
小生には実家がなかったので、物心がついてから仲間たちとの初めての旅行で、偶然たまたま、予約して居た宿にトラブルがあり、その宿からたまたま代宿として紹介され宿泊したのが付き合いの始まりだった。
最初は千葉真一とトヨタの車カリーナと言う車のコマーシャルに出て居たヒゲ爺さんが
居る宿だった。そのヒゲ爺さんが馬籠宿と妻籠宿を結ぶ街道沿いでヒノキ傘に名前を書いて売って居た。
まだ若い我々はそのヒゲ爺さんと酒を飲みたくて何度も訪れ、色々な話や民謡を聴いた。その後は、その息子夫婦が民宿を切り盛りするようになり、自分の親父の様に愛情を込めて親父と呼び、女将さんはお袋と呼んだ。
その頃は今のご主人は会社勤めをして居り、バリバリの会社員で青年団やら野球やら詩吟やらと忙しく中々顔を合わせる事はなかった。何回か行く内にたま〜に会うと挨拶を交わす程度だったが、長男坊だったので兄貴と呼んでいた。
その兄貴が結婚して嫁さんを貰うと、嫁さんの事を姉貴と呼んだ。勿論子供達やその子供たちも産まれた時から、小さい時から触れ合って居た。
何年もの月日が流れ、こんにちはその兄貴が民宿親父で姉貴が女将だ。それをお袋や子供、孫たちが手伝って居る。
そんな民宿が故郷の無い小生にとって故郷そのものなのだ。近年は年二回くらいの割合で帰るが、宿に着くとお帰り!と迎えてくれる。
小生の息子も娘も物心着くまでは、親戚だと思って居た。そんな息子たちも結婚し、親になり、小生と一緒に孫たちを連れて里帰りしてくれる。
兄貴や姉貴もその孫たちを自分の孫の様に歓迎してくれる。
今晩は沢山の手料理と供に我々の為に餅搗きをしてくれた。孫娘は眼を輝かして餅をつき、五平餅を始め沢山の料理を食べたにもかかわらず、自分で搗いた餅をきな粉餅にして貰い二つも食べて居た。また二臼目はよもぎ餅を搗いて貰った、それも一つ食べて居た。
兄貴の搗いた後、ママと一緒に餅つきをする孫娘、姉貴が手返しをしながら見守ってくれた。 |
どんどん日毎に成長して行く孫娘は、今回も貴重な体験をして沢山食べてどんどんお姉ちゃんになって行く事だろう、、、。
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