木曽からお米が届く、、、。

投稿日:2016年11月2日

更新日:2019-11-19T14:07:13Z

木曽とこおしんづか

t f B! P L
夕食を食べて居ると窓越しに車が停まりハザードランプがピカピカと点滅して、直ぐにドアのチャイムが鳴る。

女房が玄関に出て応対すると郵便局から荷物の配達だった。その後直ぐにねぇ〜ちょっと来てぇ〜。と声がして⚪️⚪️からお米が届いたよ!持てないから持ってぇ〜。でも今の郵便局の人、女の人でおばさんだったよ!凄いなぁ〜これ持って来たんだから、、、。私には持てない。

玄関に行って見るとお米が玄米で30キロ袋に入れられ木曽の民宿⚪️⚪️から鮎のお返しと言う事で送られて来た。

ここの民宿は43年の付き合いで自分の実家の様な処だ、今の民宿親父は小生達が行き始めた頃は、その民宿の長男で我々より歳上だった為兄貴と呼んで居た。今の女将さんも兄貴の嫁さんなので姉貴と呼んで居た。

それからは当時の民宿親父を親父と呼び、女将をお袋と呼んで居て、今の親父を兄貴と呼び今の女将を姉貴と呼んで居る。今も兄貴、姉貴と呼び、自分達の子供達が小さい時は年に何度も頻繁に行くものだから小生の実家だと思って居たくらいだ。

もう何年も前から民宿の近くで渓流釣りや鮎釣りをしては、釣れた魚を全て民宿の家族で食べて貰ったりした。時には厨房に入り活き造りや押し寿司を小生が造り家族に食べて貰ったりした事も有る。もちろん釣り立てを塩焼きでお客さんにもサービスで食べて貰ったりした事も有る。

今の親父の妹達や子供達、その子供達(孫達)も小さな頃から知って居り、以前は月に一度は行って居たり、長い休みが取れると千曲川や天竜川、付知川等々で釣り三昧をして、釣れた鮎は全て民宿で使って貰ったりした。観光もしたけど遊びのベース基地として居た。

先代の親父とも猟に行ったり、山芋を掘ったり、山菜を採りに行ったりしたし、お袋とは民宿の周りに小生が実生から育てたギボシや山野草を植えたりした。時には田植えや稲刈りもやったり(足手まといで邪魔して居たかも知れないが、、、)。山から竹を切り出し地酒を呑むコップを造ったり、活き造り用の皿を作ったりした事もあった。

最初の10年は写真を撮りに木曽路を歩き周り、お世話に成った方達にスライドの幻灯機を持って10年の集大成を視て貰ったりした事も有った。シーツや障子をスクリーン代わりにして、木曽の地酒を呑みながら楽しい時間を過ごしたりした。

そんな事から始まり今は年数回、ここ2年はお盆に今の親父の親父に線香を手向けに行くのと、年末に正月用の酒を買いに行くのが楽しみの一つになって居る。

そんな付き合いの『実家』からが米作りには、どうすれば美味い米になるかこだわり抜いた、頑固な兄貴から丹精込めて手間暇掛けた、愛情たっぷりのお米が届いた。もう何年も田植えや稲刈りを手伝っても居ないのに、、、。

また、此処に来てお盆に買って来た地酒、七笑いが残り1本しかないと言ったら送ると言って戴いたが、みんなの顔が見たいので来月には休みを取り会いに行くから、と言って気持ちだけ戴いた。暮れが待ち遠しい、、、。

お米が届いた事を息子夫婦や娘夫婦が知ると、今度家に帰って来た時には貰って帰ると言うだろ、、、。家族皆で戴きます、有り難う御座いました。

木曽から届いたお米、メールでその旨の連絡が来ていた。『コシヒカリの玄米30キロ』、、、。



ブログを書いている人

鮎の友釣り! チーム舞のレポート

このブログ「鮎の友釣り!チーム舞のレポート」は、鮎の友釣りを生き甲斐としている”Gin”が書いています。2007年のブログサイト開始時から鮎釣り釣果や自宅の寄せ植えなど、趣味を交えて、自身で経験したこと起こったことを綴っています。


にほんブログ村 釣りブログへ にほんブログ村 花・園芸ブログへ

 

このブログを検索

広告です

QooQ